トモエ幼稚園おたより2回目投稿



共働かない生活(南 邦彦)
青組 笑顔 赤組 ひかり の父です
前職は保育士を養成する教員をしていました、簡単にいうと共働く家庭の支援する保育者を増やすという仕事です。
そこから、私も妻も共働かない 専業主夫・専業主婦を目指し実践中です。何度か履歴書をもってバイトにでようか?とも考えましたが妻が許してくれませんでした。
どうやったら、今の生活を維持しながらトモエ幼稚園へ通うことができるのか?試行錯誤の連続です。

先日、園長のお話で脳がパターン化されるという内容がありました、そのパターン化した脳が人を支配するそうです、恐ろしいですね。



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共働かない生活は、パターン化してしまった脳からの脱却なのかも知れないと感じながら園長のお話を聞いていました。
そして私の場合、幼児期の脳パターン化から逃れられたような気がしました。
それは私の幼児期体験から来ています、私の両親は共働いていました、母親は看護師で日勤・準夜・夜勤と不規則な勤務形態でした、私は0歳から小学校に入るまで、病院内にある保育所で過ごしました、時には泊まり保育や正月に保育所で過ごすなど、長時間の保育時間であったため主に生活中心の保育であり教育的な要素はあまり無かったと思います。
小学校へ入った時に同級生が習っていない学習内容をスラスラ答えている様子に驚きました、心の中で俺だけ教わっていない、なんでだろうと。
私自身、周りよりも劣っていると認識をし続ける(いまでも)ことになります。さらに同級生は同じ園の仲間で集団となっていて、自分は1人で過ごすことが多くなりました、小学校では同級生よりも勉強ができず、かぎっ子(今よりも学童保育が整っていない)で、小学校・家でも1人で過ごしていました、冬はストーブを付けると危ないとのことで、こたつで暖をとるような感じでした。
小学生2〜3年生くらいからだっと思いますが、同じ団地の仲間や友だちも増え、いろいろ変化して行きました。(書くと長くなるのでカットします)


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寂しい経験をした自分自身の幼児期・学童期の体験を否定して生きてきたのですが、園長の話を聞いて、もしかしたら幼少期に脳がパターン化されなかったことが良かったんじゃんないか?と思えてきました。
私の両親は致し方なく病院内の保育園へ私を預けることになったのですが、私にとっては良かったんだなぁと思えるようになりました。
これからも家族でトモエに通い続けながら、子どもたちの様子と自分の幼児期のことなど重ねながら過ごしていけたらと思います。



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トモエへ通うことで心に余裕をもてるようになりつつあります!


読んでいただきありがとうございます 感謝